北区の歴史と文化財

谷津子育観音

文化財説明板

谷津子育観音の写真

 南照山観音院寿徳寺の本尊である谷津子育観音(やつこそだてかんのん)は、木造の観音菩 薩坐像です。この観音像は谷津観音と通称され、江戸時代の地誌に は子安(こやす)観音とも、また、聖観音(しょうかんのん)とも記されています。
 寺伝では、鎌倉時代の初期、早船・小宮の両氏が主家の梶原氏と 争い、追われて落ちのびる途中で水中から拾いあげ、これを石神井 川の川沿いの堂山に安置したのだと伝えられています。像の姿は蓮 華座に坐り、両手で乳児を膝の上に抱えている姿で、指を阿弥陀如 来(あみだにょらい)と同じ弥陀の定印に結んでおり、現在は秘仏となっています。
 寿徳寺は江戸時代から城北地域の江戸西国三十三番観音札所の第 十二番目の巡礼地にあたり、近江国(滋賀県)岩間寺(いわまでら)の霊験と同じ 功徳(くどく)をもつものとして多くの人々が訪れています。
 境内に切株から芽吹いている銀杏(いちょう)があり、昔、飛鳥山付近からも 眺められたほどの巨木でした。この樹の皮をはいで本尊に供え、祈 願した後に煎じて飲むと母乳が良く出るようになるという信仰もあ ります。
 こうした信仰は昭和の初期にも盛んだったようで、河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)の 俳句に「秋立つや子安詣(もうで)の花の束」という句があり、また、寺野守 水老も「我妹子(もこ)と子安に詣る小春かな」(小林鶯里編『東京を歌へ る』昭和5年)という句を詠んでいます。
北区教育委員会

谷津子育観音の写真寿徳寺は新選組局長近藤勇の菩提寺でもあり、寺入口には近藤勇の石碑があります。

場所

滝野川4−22−2 寿徳寺境内

散策のヒント

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谷津観音の坂

 

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