
江戸時代の田端は田端村と呼ばれ、上田端と下田端にわかれていました。 この八幡神社は上田端の村人の鎮守で、祭神は品陀別命(ほんだわけのみこと)です。 文治五年に源頼朝が、この地の豪族豊島氏と共に奥州の藤原一族を平定(奥州征伐)し、 その帰路に駐留した証として、鎌倉八幡宮を勧請し、郷土の鎮守としました。 別当寺は大龍寺です。 |
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この付近の畑の中に、「争いの杉」と呼ばれる神木がありました。 高さは二丈五尺(約8.3メートル)、幹の太さは九尺(約3メートル)、 遠くから見ると松にも見えたそうです。 奥州へ源義経を討伐に向かう途中の畠山重忠がこれをみて、家来と「松か杉か」で争ったという言い伝えがあります。 境内には白髭神社、稲荷神社、大山祇(ずみ)神社が祭られています。 桜・3月下旬ー4月中旬 紅葉(イチョウの大木10本、ケヤキの大木5本)11月下旬 「お祭り」8月中旬 「節分祭」2月3日 15:00− 豆まき、子どもに福袋が振る舞われ、盛大に行われる。 |
北区教育委員会設置文化財説明板/村の鎮守の八幡神社
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