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掲載開始日:2015年2月21日

最終更新日:2015年2月15日

歴史年表

先土器時代 約3万年前

赤羽台で石器が使われる
(赤羽台遺跡で区内最古の石器が出土)

中里貝塚貝層の様子

中里貝塚貝層

縄文時代 約1万2000年前~2500年前

前期

西ケ原で大型定住集落が営まれる
(七社神社前遺跡)

 
中期

中里貝塚が形成される
中里で丸木舟、縄文土器が使われる
(中里遺跡出土)

 

後期 西ケ原で土偶が使われる(東谷戸遺跡出土)西ケ原貝塚が形成される(平成14年に人骨が出土)

東谷戸遺跡出土 土偶の様子

東谷戸遺跡出土 土偶

弥生時代 紀元前5世紀~3世紀半ば

前期

環壕集落が営まれる(飛鳥山遺跡・亀山遺跡)

 

後期 方形周溝墓が造られ、鉄剣(田端西台通遺跡出土)や鉄釧(七社神社前遺跡出土)などが副葬される

七社神社前遺跡出土 鉄釧の様子

七社神社前遺跡出土 鉄釧

古墳時代 3世紀半ば~7世紀半ば

前期

隅田川沿いに低地集落が営まれ、ガラス小玉鋳型などが使われる(豊島馬場遺跡出土)

田端で青銅鏡が使われる(田端不動坂遺跡出土)

豊島馬場遺跡出土の様子

豊島馬場遺跡出土 ガラス小玉鋳型

田端不動坂遺跡出土 珠文鏡の様子

田端不動坂遺跡

後期 赤羽台古墳群、十条台古墳群、飛鳥山古墳群などが形成される

 

古代

7世紀後半~9世紀後半

西ケ原に武蔵国豊島郡衙が創設され、律令制下における地方役所が整備される(御殿前遺跡)

 

10世紀頃 桓武平氏秩父流の豊島氏が郡司の権限を継承し、豊島郡を支配

木像豊島清光坐像の様子

木像豊島清光坐像

中世

1180(治承4)

源頼朝挙兵に豊島清光が参加

 

1189(文治5) 源頼朝奥州征伐に豊島清光・葛西清重が参加

 

1321~24(元享年間) 豊島氏の支配権が豊島・足立・多摩・児玉・新座の各郡に及ぶ  
1477(文明9) 太田道灌と豊島氏一族が江古田、沼袋で合戦
(翌年1月に武蔵豊島氏本流は滅亡)

木造太田道灌坐像の様子

木造太田道灌坐像

1486(文明18)

 

太田道灌が主家上杉定正によって謀殺される
(関東支配をめぐり北条氏、上杉氏ら諸氏の対立が激化)

 
1552(天文21) 戦国大名北条氏康が武蔵国一円を支配  
1590(天正18) 北条氏直が豊臣秀吉に降伏、徳川家康が江戸に入府  

近世 江戸時代

1591(天正19) 徳川家康が王子権現に200石を所領安堵する

 

1617(元和3) 徳川秀忠が第1回目の日光社参をする

 

1634(寛永11) 幕府が王子権現社、王子稲荷社、別当金輪寺を造営  
1647(正保4) 徳川家光が西ケ原御殿山で犬追物を催す

 

1656(明暦2) 永田九郎兵衛の奉行で王子石堰工事が完成  
1716(享保元) 滝野川の野菜の種が有名になる  
1720(享保5) 徳川吉宗が飛鳥山に桜を植樹する  
1733(享保18) 幕府が花見客のために飛鳥山に10軒の水茶屋を出すことを許可  
1734(享保19) 豊島郡下郷31カ村で水引騒動が起こる  
1737(元文2) 吉宗が飛鳥山で花見の宴を催す  
1764(明和元) 岩淵5カ村に助郷が始まる  
1786(天明6) 千川上水が王子、赤羽に水田灌漑用水として貢献  
1789(寛政元) 王子稲荷の参詣が流行  
1799(寛政11) 王子に料理屋の海老屋、扇屋が開業

葛飾北斎画 東都勝景一覧の様子

葛飾北斎画 東都勝景一覧(寛政12年)

1815(文化12) 遊歴雑誌に滝野川の紅葉が名勝地に挙げられる  
1854~59(安政年間) 名主畑野孫八が名主の滝を開く  
1864(元治元) 滝野川村に反射炉の建設が始まる  

近現代

1868(明治元) 田端、中里、上中里、西ケ原、滝野川村が東京府へ編入

 

1869(明治2) 王子、豊島、上十条、下十条、岩淵本宿、赤羽根、袋、稲付、下、神谷村が大宮県へ編入
豊島郡が小菅・浦和・大宮県へ分属
船方村、堀之内村が小菅県から東京府へ編入

 

1871(明治4) 王子、豊島、十条、岩淵本宿、赤羽、袋、稲付、下、神谷村が東京府へ編入  
1872(明治5) 滝野川村の鹿島紡績所が操業を開始

 

武州滝埜川村飛鳥山麓綛系器械図の様子

武州滝埜川村飛鳥山麓綛系器械図(部分)(鹿島紡績所)

1874(明治7) 区内初の公立学校となる荒川学校(現在の王子小学校)が開校  
1876(明治9) 大蔵省抄紙部王子工場が操業を開始

大蔵省抄紙部の様子

大蔵省抄紙部

1878(明治11) 北区域が北豊島郡に所属  
1883(明治16) 上野、熊谷間に鉄道が開通し、王子駅が開設

蒸気鉄道之図

東京従上野山下中仙道往復蒸気鉄道之図

1885(明治18) 赤羽駅が開設。以後、各駅が順次開設

 

1887(明治20) 赤羽台に近衛工兵第一大隊が移転  
1889(明治22) 北区域が1町2村(岩淵町、王子村、滝野川村)制になる  
1904(明治37) 滝野川村に醸造試験場が創設  
1908(明治41) 王子村が王子町に改称し、町制がスタート  
1911(明治44) 現在の都電荒川線の前身である王子電気軌道株式会社の飛鳥山上、大塚間が開通

王子電気軌道の様子

王子電気軌道(現在の栄町付近)
「わが街 わが都電」(東京都交通局)より

1913(大正2) 滝野川町制がスタート  
1920(大正9) 滝野川を中心とする5軒の種屋が合併し、日本最大の種苗会社である帝国種苗殖産株式会社を設立  
1923(大正12) 関東大震災で避難してきた人々の移住が始まる

赤羽駅西口の様子

赤羽駅西口

1924(大正13) 旧岩淵水門が完成  
1926(大正15) 埼玉県北足立郡横曽根村大字浮間が岩淵町に編入  
1932(昭和7) 東京市に岩淵、王子両町が合併した王子区と滝野川区が発足  
1943(昭和18) 太平洋戦争に伴い、区内各所に防空壕や防火用貯水池の建設が始まる  
1945(昭和19) 空襲により王子区役所が全焼  
1945(昭和20) 王子区の約43%、滝野川区の約78%が戦災により焼失  
1947(昭和22) 王子、滝野川両区が合併し、北区制がスタート
学校教育法に伴い、区内に中学校9校が誕生
 
1954(昭和29) 都営桐ケ丘団地の建設が始まる  
1956(昭和31) 浮間の桜草保存のため、圃場の設置が決定  
1958(昭和33) 戦後米軍に接取されていたTOD(東京兵器補給廠)地区の返還が始まる

北区役所の様子

北区役所(昭和34年)

1961(昭和36) 公団赤羽台団地の建設が始まる

建設が進む桐ヶ丘団地の様子

建設が進む桐ヶ丘団地

1965(昭和40) 環状7号線が区内に開通  
1968(昭和43) 米陸軍王子病院(キャンプ王子)が開設される  
1970(昭和45) 区内の下水普及率が90%に達する  
1971(昭和46) キャンプ王子が政府に全面返還され、区内の米軍に接取されていた土地がすべてなくなる

キャンプ王子返還の様子

キャンプ王子返還

1973(昭和48) 北区初の区民植木市  
1976(昭和51) 中央公園オープン  
1981(昭和56) 中央公園文化センターオープン  
1982(昭和57) 新岩淵水門が完成
赤羽会館オープン
 
1984(昭和59) 第1回ふるさと北区区民まつり
防災センターオープン
 
1985(昭和60) 東北・上越新幹線が、上野駅始発に伴い区内を縦断する
埼京線開業
 
1988(昭和63) 音無親水公園オープン  
1989(平成元) 浮間ヶ原桜草新圃場開園  
1990(平成2) 北とぴあオープン  
1991(平成3) パノラマプール十条台オープン
駒込、赤羽岩淵間に地下鉄南北線が開通
 
1992(平成4) 滝野川会館オープン  
1993(平成5) 北京市宣武区友好交流都市提携
田端文士村記念館オープン
 
1994(平成6) 清水坂公園オープン  
1997(平成9) 友好都市交流協定締結
(山形県酒田市、群馬県中之条町・甘楽町)
 
1998(平成10) 北区飛鳥山博物館
(飛鳥山3つの博物館)オープン
 
1999(平成11) 赤羽自然観察公園開園  
2002(平成14) 高速中央環状線が区内に開通  
2008(平成20) 中央図書館オープン  
2010(平成22) 西ヶ原みんなの公園オープン