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掲載開始日:2022年10月6日

最終更新日:2022年10月6日

萩原朔太郎の孫・萩原朔美さんらへ感謝状を贈呈

221006-1北区は、萩原朔太郎の処女詩集『月に吠える』に所収された詩「見しらぬ犬」の原稿ほか、直筆資料の寄贈を令孫の萩原朔美さん、榎本了壱さん、石原康臣さんから受けた。これに対して花川区長は、10月6日(木曜日)に、北区の芸術文化の進展に多大な貢献をされたとして感謝状を贈呈した。
寄贈された資料は田端文士村記念館(田端6-1-2)にて10月1日(土曜日)から開催中の『朔太郎・犀星・龍之介の友情と詩的精神~タバタニサクタロウキタリ~』*1で初公開されている。2023年1月22日(日曜日)まで。入場無料。
(写真:左から依田副区長、萩原朔美さん、花川区長、榎本了壱さん)

北区は、2022年に没後80年を迎える詩人・萩原朔太郎の直筆原稿や資料、計6点の寄贈を令孫の萩原朔美さん、榎本了壱さん、石原康臣さんから受けた。これに対し、北区の芸術文化の進展に多大な貢献をされたとして、10月6日(木曜日)、北区長から感謝状の贈呈が行われた。

榎本了壱さんは寄贈した作品「見しらぬ犬」について、「不思議な詩、原稿には修正が入っているが、これは心境の変化の表れ。展示では特にそこを見てほしい」と話し、「言葉の世界は詩人から始まった。言葉の原点をもう一度、朔太郎の詩を通して感じてほしい」と真剣な表情で話した。また、萩原朔美さんは「朔太郎の書く文字は、若い頃の丸文字から年を追うごとにペン先を滑らすような鋭角的な文字に変わっていった。文字は心象を表しているので、その変遷を辿り味わってほしい」と話した。また「朔太郎の詩を再考すること(過去を振り返ること)は未来を創ることに繋がる」と熱い思いも語ってくれた。

1 朔太郎・犀星・龍之介の友情と詩的精神~タバタニサクタロウキタリ~の概要

本展示は、2022年に没後80年を迎える詩人・萩原朔太郎を記念し、「萩原朔太郎大全2022」*2の一環として実施されるもの。「萩原朔太郎大全2022」は、全国52か所の文学館や美術館、大学等が連携して、保有する朔太郎に関する資料や知的情報を共有し、「言語とは何か」「表現とは何か」「文学はいかなる役割を果たすのか」などについて、それぞれの館が独自の角度から考察してみようとする壮大な企画である。この趣旨に基づき、田端文士村記念館では、朔太郎・犀星・龍之介の3人の友情と詩的精神について、互いの批評や様々な関連資料から紐解く展示を実施している。

同館では、口語自由詩を確立した萩原朔太郎の処女詩集『月に吠える』所収の原稿「見しらぬ犬」と、犀星が亡き親友・朔太郎への想いを綴った全集未収録の貴重な原稿「えらさといふこと」を初公開する。朔太郎が田端で龍之介と築いた友情関係や互いの批評など、多くのエピソードも紹介される。

開催日時

2022年10月1日(土曜日)~2023年1月22日(日曜日)※休館日を除く
午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

休館日

月曜・祝日の翌日・年末年始(12月29日~1月3日)
※月曜が祝日の場合は火・水曜休館、祝日の翌日が土日の場合は翌週の火曜休館

開催場所

田端文士村記念館・企画展示スペース(田端6-1-2)
アクセス:JR京浜東北線・山手線 田端駅北口から徒歩2分

入館料

無料

寄贈資料

1.萩原朔太郎「見しらぬ犬」原稿
『月に吠える』に収録された詩の前半部分。初出は『月に吠える』の発刊と同じ、大正6年2月発行の『感情』。

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2.萩原朔太郎「みちゆき」(部分)色紙

初めて詩誌に掲載された朔太郎の詩の一節で、「まだ山科はすぎずや」と「ところも知らぬ山里にさも白く咲きて居たるおだまきの花」を組み合わせて揮毫(きごう)したもの。「みちゆき」は、のちに「夜汽車」と改題されて『純情小曲集』に収録された。

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3.萩原朔太郎 萩原榮次宛年賀状

年月日:明治43年1月1日※消印は1月2日
内 容:「新年を賀し奉り候、戌年元旦 故郷ニテ 萩原朔太郎」
写真はがき(「日なたぼっこ」前橋猪谷写真館撮影)。

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4.萩原朔太郎 萩原榮次宛葉書

年月日:明治44年9月1日
全集・全書簡集:未収
内容:誰かに対しての見舞い状か。
備考:右上が破れており、解読困難。

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萩原榮次(1878-1936)
…朔太郎の8歳年上の従兄。書生として萩原家で暮らしていた榮次を、朔太郎は兄と慕った。のちに榮次は医師となり、朔太郎の父であり医師の密蔵の代診を務めている。島崎藤村を好み、和歌や新体詩を作るなど、文学的な素養があった榮次から朔太郎は短歌を教わり、文学的感化を受けた。

5.萩原朔太郎 八木省三宛葉書

年月日:未詳 ※切手・消印が無いことから手渡しの可能性あり
全集・全書簡集:未収録
内容:裏面に「御めでたう」の文字
備考:八木省三は、母方の従弟。

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6.萩原朔太郎 森房子宛葉書

年月日:昭和17年2月22日 ※消印も同日
内容:朔太郎が亡くなる約3か月前に送った葉書。病状が芳しくない朔太郎だが、気候が暖かくなれば起き上がれそうだと述べ、
「儚しや病ひ癒えざる枕邉に七日咲きたる白百合の花」という歌を贈っている。それに対し房子は、「萩原先生の思ひ出」(『文藝世紀』第4巻第7号)の追悼文に「白百合の花」の歌が、自身への絶筆となったと悲しんだ。

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森 房子(1910~2010)
…朔太郎と房子は、昭和9年4月、中河幹子が主宰する女流歌人たちの集いで知り合ったとされる。朔太郎が才能あふれる若き房子に「文学上の交際」を求めたことを契機に、二人の師弟関係が始まる。当時、朔太郎は47歳、房子は23歳であった。昭和9年~12年頃田端に居住。

萩原朔太郎(1886-1942)と田端
…大正14年4月、親友・室生犀星の仲介で萩原朔太郎は田端411番地(現・北区田端2-4)に転入した。朔太郎は「室生君や芥川君との親しい恒常に飽満した。私は常に幸福を感じていた」と言っている。居住期間は8か月と短いものだったが、充実した日々を過ごした。

各イベント参加時の特記事項

新型コロナウイルス感染拡大状況により内容を変更する場合があります。
ホームページ(https://kitabunka.or.jp/tabata/)等で最新情報をご確認の上、ご来館ください。

*2「萩原朔太郎大全2022」
萩原朔太郎を介した展示を行う文学館や美術館等による同時期開催企画展。朔太郎に関する資料その他の知的情報を交換し合い、共にPRを図り、同時期にそれぞれ特色のある展覧会を開催する。

主催・・・朔太郎大全実行委員会
共催・・・開催各館、前橋市
後援・・・前橋市教育委員会
協力・・・公益社団法人日本文藝家協会、全国文学館協議会、萩原朔太郎研究会、朔太郎賞の会、前橋文学館友の会、東和銀行、新潮社

(令和4年10月6日プレスリリース)

 

お問い合わせ

所属課室:【その他】田端文士村記念館

電話番号:03-5685-5171