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掲載開始日:2022年10月11日

最終更新日:2022年10月11日

第1回 飛鳥山Hawai‘i Festival開催

221011-2-110月8日(土曜日)・9日(日曜日)飛鳥山公園(北区王子1-1-3)で、「第1回 飛鳥山Hawai‘i Festival」が開催された。これは、約140年前にハワイのカラカウア王が飛鳥山の渋沢栄一邸を訪れた史実をもとに、飛鳥山とハワイの古き親交を紐解くイベントで、今年が初となる本格開催。
今回、1,200人余りのフラダンサーがステージを披露。飛鳥山公園内各所では、ハワイ関連商品のキッチンカー、ファーマーズマーケット*1、スワップミート*2が多数出店し、公園全体が活気に満ちた2日間となった。

(写真:旧渋沢庭園ステージの様子)

北区ゆかりの偉人・渋沢栄一は飛鳥山に邸宅を構え、多くの賓客をもてなしていた。1881年にはハワイのカラカウア王の招待会を当地にて行い、飛鳥山はハワイと日本の歴史が交わった特別な場所となった。昨年、フラ雑誌「HULA Le’a」の協力を得てハワイと飛鳥山を結ぶプレイベントを実施。その大成功を経て、今年、初の本格開催を行った。飛鳥山公園内の2ステージで総勢53のフラチーム、1,227人のフラダンサーがステージを披露した。幕間ではゲストミュージシャン(日下貴博氏*3)による生演奏、東京北区渋沢プロジェクト広報キャラクター「しぶさわくん」によるグリーティングやダンスの披露(ダンスグループ「D-fine」*4とコラボ)、開催関係者によるトークショー、ハワイアンピエロ(Crown YUKA氏*5)によるステージなども行われ、大いに盛り上がりを見せた。主催である東京北区観光協会の発表によると、2日間の動員数は5万人を超える。

飛鳥山公園内各所ではハワイ関連商品のキッチンカー4台、ファーマーズマーケット3店舗、スワップミート14ブースが出店。特に飛鳥舞台前の多目的広場は販売車両が多数連なり、マルシェのような活気のある空間となっていた。主催者は、「多くのファンに後押しをいただき、2回目もぜひ開催したい」と、次年度の開催にも意欲を見せる。

ステージに立った方は「青空の下、青淵文庫目の前という歴史あるステージで踊れてとても気持ちが良く、感動しました。次回もぜひ参加したいです」と喜びを表し、区内在住の女性は「フラの衣装が華やかで綺麗だと思います。とても盛り上がっていますね」と目元を綻ばせた。

主 催

東京北区観光協会

共催

HULA Le’a

後援

北区、東京商工会議所北支部、ハワイ州観光局

協賛

城北信用金庫、ハワイアンエアライン、アウトリガーホテル

*1 ファーマーズマーケット
ハワイでよく見られる地場の農作物や食材を売る市場で、その店並みと風景がハワイらしさを演出する。飛鳥山ハワイフェスティバルでは、その仕組みと風景を取り入れて、関連自治体の農作物を提供する売り場を用意する。当イベントでは、大河ドラマ館で親交が深まった深谷、北区友好都市の甘楽の野菜を集めて、北区ゆかりの野菜が会場を彩った。また、その野菜を並べるだけでなく、株式会社旺栄の協力を得て、ファーマーズマーケットタイアップオリジナル弁当(ジャンバラヤ、キーマカレー)を開発、販売した。

*2 スワップミート
ハワイでもともと「交換市」として根付いていた集まり。商品を交換する形式で運営されており、現在は、青空市やフリーマーケットの形に変わりハワイのストリートの賑わいを創出している。

*3 日下貴博
1973年8月13日生まれ、横浜出身。
2005年頃よりハワイの美しさと音楽の素晴らしさに触れウクレレを始める。
ハワイの音楽の先生の下でウクレレと歌を学び2010年頃より本格的に演奏活動を始める。現在は山形、仙台、宇都宮、群馬、東京、横浜、浜松、名古屋、沖縄にウクレレの教室を持ちその他の地域にはウクレレのワークショップ講師としてウクレレのハワイアンの演奏方法を伝えている。

*4 Crown YUKA
ハワイアンピエロという珍しいジャンルで、日本に一人だけ(と言われている)。バルーンアクションなども披露し、フラレア編集長の平井氏とも息の合った会場周りのグリーティングで、会場全体に笑顔を届けた

*5 D-fine
北区のココキタを中心に活動する北区のダンスグループ。北とぴあなどでのステージも頻繁にこなす。北区観光協会と二人三脚でしぶさわくんとのコラボレーションダンスを完成。令和4年の深谷市ふっかちゃんぱーちぃを初舞台に、地元とのコラボレーションで活動の幅を広げていく。

参考 渋沢栄一と北区の関わり

渋沢栄一は、1877(明治10)年飛鳥山の土地を購入し、1879(明治12)年から別荘として使用し始めた。1901(明治34)年(61歳の頃)以降は本邸として住み、1931(昭和6)年11月11日に91歳の生涯を終えるまで飛鳥山で過ごした。「職住近接」の理念のもと、自ら設立に関わった抄紙会社(現在の王子製紙株式会社)の工場を近くで見守るとともに、多くの賓客を招き社交や民間外交の場として飛鳥山の邸宅を活用した。
現在の飛鳥山公園の一角にある旧渋沢庭園内には、国の重要文化財に指定された大正期の2つの建物、「晩香廬」と「青淵文庫」が当時のままの姿で残っており、本邸があった場所には、公益財団法人渋沢栄一記念財団の付属施設である渋沢史料館がある。

(令和4年10月11日プレスリリース)

 

 

お問い合わせ

所属課室:【その他】(一社)東京北区観光協会

電話番号:03-5390-1166