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掲載開始日:2009年7月7日
最終更新日:2024年12月3日
受賞者の出版・活動状況はこちらをご覧ください。
回 | 賞 | 作品名 | 作者名 |
第1回 | 大賞 | 『黒い服の未亡人』 | 汐見 薫 |
区長賞 | 『冬霞(ふゆがすみ)』 | 福岡 青河 | |
佳作 | 『星降夜(ほしふるよる)』 | 田中 昭雄 | |
第2回 | 大賞 | 『夢見の噺』 | 清水 雅世 |
区長賞 | 『江戸切絵図の記憶』 | 跡部 蛮 | |
区民賞 | 『朝の幽霊』 | 永沢 透 | |
第3回 | 大賞 | 『ドリーム・アレイの錬金術師』 | 山下 欣宏 |
区長賞 | 『祐花とじゃじゃまるの夏』 | 蒲原 文郎 | |
審査員特別賞 | 『十六夜華泥棒(いざよいはなどろぼう)』 | 山内 美樹子 | |
第4回 | 大賞 | 『師団坂・六〇』 | 井水 伶 |
区長賞 | 『志乃の桜』 | 高田 郁 | |
浅見光彦賞 | 『オルゴールメリーの残像』 | 井上 凛 | |
第5回 | 大賞 | 『天狗のいたずら』 | 田端 六六 |
区長賞 | 『あるアーティストの死』 | 櫻田 しのぶ | |
浅見光彦賞 | 『市役所のテーミス』 | 古澤 健太郎 | |
第6回 | 大賞 | 『金鶏郷に死出虫は嗤う』 | やまき 美里 |
区長賞 | 『若木春照の悩み~ゲーテの小径殺人事件~』 | 小堺 美夏子 | |
浅見光彦賞 | 『雨降る季節に』 | 岩間 光介 | |
第7回 | 大賞 | 『幻の愛妻』 | 岩間 光介 |
区長賞 | 『休眠打破』 | 和喰 博司 | |
第8回 | 大賞 | 『完璧なママ』 | 松田 幸緒 |
区長賞 | 『神隠しの町』 | 井上 博 | |
審査員特別賞 | 『御用雪氷異聞』 | 吹雪 ゆう | |
第9回 | 大賞 | 『神隠し 異聞「王子路考」』 | 安堂 虎夫 |
浅見光彦賞 | 『話、聞きます』 | 門倉 暁 | |
特別賞 | 『誕生』 | 島村 潤一郎 | |
第10回 | 大賞 | 『凶音窟』 | 山下 歩 |
審査員特別賞 | 『とうとうたらり たらりら たらり』 | 滝川 野枝 | |
区長賞 | 『花見の仇討』 | 宮田 隆 | |
第11回 | 大賞 | 『最後のヘルパー』 | 高橋 正樹 |
区長賞 | 『ブラインド i ・諦めない気持ち』 | 米田 京 | |
審査員特別賞 | 『チェイン』 | 伊東 雅之 | |
第12回 | 大賞 | 『友情が見つからない』 | 立木 十八 |
区長賞 | 『ロスト・チルドレン』 | 加賀美 桃志郎 | |
審査員特別賞 | 『サークル』 | 門倉 暁 | |
第13回 | 大賞 | 『二番札』 | 南大沢 健 |
区長賞 | 『きつねのよめいり』 | 稲羽 白菟 | |
第14回 | 大賞 | 『小さな木の実』 | 島村 潤一郎 |
区長賞 | 『未完の自分史 ―遺棄した死体はそのままで』 | 宮城 德子 | |
審査員特別賞 | 『情報協力』 | 嶋守 恵之 | |
第15回 | 大賞 | 『蜃気楼の如く』 | 的場 郁賢 |
区長賞 | 『赤羽猫の怪』 | 床品 美帆 | |
審査員特別賞 | 『遠い約束』 | 野上 健司 | |
第16回 | 大賞 | 『妖剣』 | 甲斐 太朗 |
区長賞 | 『失踪マンション』 | 山口 均 | |
奨励賞 | 『梅雨時』 | 廣岡 史丸 | |
第17回 | 大賞 | 『金木犀の木の下で』 | 福田 純二 |
区長賞 | 『運がいいのか悪いのか』 | 加藤 眞男 | |
奨励賞 | 『秘密を夜に閉じこめて』 | 横山 黎 | |
第18回 | 大賞 | 『暗い駒音』 | 西浦 理 |
区長賞 | 『ロミオのダイイングメッセージ』 | 出崎 哲弥 | |
審査員特別賞 | 『ワグネリアンの女』 | 髙橋 良育 | |
第19回 | 大賞 | 『西ケ原』 | 清水 サトル |
区長賞 | 『不適切な指導』 | 伊東 雅之 | |
審査員特別賞 | 『名もなきアンサンブル』 | 青木 杏樹 | |
第20回 | 大賞 | 『二つの依頼』 | 安芸 那須 |
区長賞 | 『お出かけゲーム』 | 西村 美佳孝 | |
審査員特別賞 | 『死者の花束』 | 諸星 額 | |
第21回 | 大賞 | 『沈黙のコンチェルト』 | 諸星 額 |
区長賞 | 『フィナーレの前に』 | 鮎川 知央 | |
審査員特別賞 | 『誤審』 | 積本 絵馬 | |
第22回 | 大賞 | 『雨の日の再開』 | 岸 耕助 |
区長賞 | 『ひとつの願い』 | 秋月光ノ介 | |
審査員特別賞 | 『痕』 | 半崎 輝 |
大賞 『雨の日の再開』 岸 耕助
区長賞(特別賞) 『ひとつの願い』 秋月光ノ介
審査員特別賞(特別賞)『痕』 半崎 輝
結論を先に言ってしまえば、「雨の日の再開」がミステリーの短編としては頭一つ抜けていた。これまでの大賞受賞作のなかでもトップクラスだろう。とはいえ、それぞれの作品に思い入れのある選考委員がいたのも間違いない。どこを評価して作品の優劣をつけるのか。ミステリーというジャンルに限られているのとはいっても、文学賞の選考はやはりなかなか難しい。
『ひとつの願い』
評価がかなり分かれた作品である。作家志望の主人公の前に死神が現れて、願い事を叶えてあげようとという。もちろんその代償は大きい。そんな発端、そしてラストはありがちな設定で驚きはない。はたしてこの作品はミステリーとして評価できるのか? 一方で、死神のユーモラスなキャラクターやほのぼのとした雰囲気、そして作品に込められたメッセージを高く評価する選考委員も少なくなかった。論議が尽くされた結果、区長賞に決定した。
『痕』
サイエンスミステリーとして、ひとつの斬新なトリックを織り込んでいるのがやはり注目すべきところだ。もっとも、かなり特殊な知識なので、犯人の推理やトリックの解明において、読者がフォローし切れないところがある。したがってラストに意外性はあまりない。また、被害者や犯人の心理に納得できないところも指摘された。しかし、探偵役である被害者の妹と叔父との推理会議は楽しく、トリックを中心に据えた謎解きものとして評価され、審査員特別賞となった。
『メロン舌症』
候補作のなかではもっとも、タイトルで謎解きの興味をそそっている。メロン舌症が発症する経過は、サイエンスミステリーとして興味深い(現実的なのかどうかは別として)。研究者生活から離れて父の歯科医院を継いだ、主人公の成長ぶりも好感が持てる。にもかかわらず高い評価が得られなかったのは、メロン舌症そのものへの疑念であった。こんなことが現実にあったとしたら、重大な社会問題となるのではないか。そこまでの危険を冒すだろうか。選考委員の見解は一致した。
『雨の日の再会』
タイトルに謳われている〈雨〉が作品全体に余情をもたらす文章に惹かれて、一気に読み進めてしまうに違いない。しかし、この作品が評価されるのはもちろん、ミステリーとしての高いレベルである。主人公のかつての同級生との〈再会〉から謎解きに導かれていく展開、そして主人公が抱いた疑問が物語を一転させる場面はこれぞミステリーだ。登場人物の心理に疑問が幾つか呈されたが、論理的な謎解きを堪能できる構成の巧みさが評価されて、文句なしの大賞受賞となった。
『マスターは小説探偵』
小説好きの青年が北区でバーのマスターをする傍らに悩みごとの相談を受け、解決を小説にして依頼者に渡す。その過程が北区名所巡りのようになっているのは評価された。ちょっと鬱屈した主人公のキャラクターにも好感が持てる。だが、こうしたキャラクターはライトノベル系のミステリーで今、たくさん書かれていて新鮮味がなかった。また、今回の相談は現代社会の一側面を反映しているが、早くに真相が分かりミステリーの緊張感が最後まで続かなかったのは残念である。
大賞 『沈黙のコンチェルト』 諸星 額
区長賞(特別賞) 『フィナーレの前に』 鮎川 知央
審査員特別賞(特別賞) 『誤審』 積本 絵馬
候補作はいずれも短編小説としてきっちりまとまっていた。それだけに優劣をつけるのは難しかったと言える。どこを評価するかは各選考委員それぞれの視点がある。ミスを些細なものとみなすかどうか。後味の悪さを気にするのかどうか。細かなところにまで目を配っての選考の苦労は、例年以上だったと言いたい。それだけに各受賞作は読み応え十分である。
『沈黙のコンチェルト』
ミステリーとしては幾つか疑問点が指摘されたものの、この作品が大賞となった決め手は、やはり魅力的なメインキャラクターだ。代役で指揮者を務める水元と警視庁の火宮刑事―――いわゆるバディものである。過去と現在を巧みに交錯させた殺人事件の謎解きで、ふたりの連係捜査に引き込まれていく。続編を予告したかのようなラストの軽妙さも印象的である。前回の審査員特別賞からのステップアップだけに、これからの創作活動にいっそう期待したい。
『鍛冶平の恋』
明治初期、日本刀の贋作で知られている刀鍛冶が、情に絆されて偽刀を作りはじめる。そして依頼主である女性に思いを寄せていくが、じつは……。人情話としてまとまっているけれど、ミステリーとしての趣向が薄いとの指摘が多かった。実在の人物をモデルにしていると思われるが、それだけに説明的なところが物語のリズムを崩している。刀剣の知見を違和感なく織り込み、ラストにもう少し意外性があれば、評価はもっと高くなっただろう。
『誤審』
審査員特別賞となったこの作品は、タイトルに作者のセンスを感じる。ダブルミーニングがラストで利いているからだ。冒頭の居酒屋の描写が巧みで、元プロ野球選手である主人公の鬱屈した心情が伝わってくる。そして起こった事件と切ないラスト―――構成の妙が評価された。ただ、犯人の登場が唐突である。そして主人公の決断もだ。そのあたりをきっちり書き込んでしまうと意外性は薄れてしまうのだけれど、心理的に納得できないものがあった。
『フィナーレの前に』
区長賞に選ばれたこの作品は、バレエの発表会の進行とともに高まっていくサスペンスが新鮮だった。そこに出演する女子中学校を見守る父親の微妙な心理に、現代的なテーマが重なり合って引き込まれていく。ミステリーとしては、思わせぶりな描写のいくつかが解決されていないとの指摘があった。とはいえ、読後感は爽やかで、バレエに打ち込む少女たちを応援したくなる。また、バレエの先生の厳しい指導にはリアリティがあるとのことだった。
『溺愛』
副署長を中心とした警察組織の歪みと矛盾、そして息子が罪を犯したと知ってからの葛藤など、警察小説としてのそつのない展開をみせているところは評価された。しかし、警察小説が多数書かれている今のミステリー界において、テーマに新鮮味がないのは否めない。ラストの後味の悪さを指摘する選考委員も多かった。本賞では第十九回で最終選考に残っているし、他賞でも実績を重ねている作者だけに、次回で新たな作品に出会えることを期待したい。
大賞 『二つの依頼』 安芸 那須
区長賞(特別賞) 『おでかけゲーム』 西村 美佳孝
審査員特別賞(特別賞) 『死者の花束』 諸星 額
今回の五作の候補作は、まさに厳選されたと言っていいのではないだろうか。個性的な作品が揃い、それぞれ創作テーマが明確に伝わってきた。また、文章には作者の個性がよく表れている。ただ、そうなるとちょっとした瑕疵でも選考に影響してくる。もう少し客観的に見直したらよかったのに―――あらためて推敲が大切であると痛感させられた。
『医師の逡巡』
共稼ぎの夫婦のあいだに交わされる会話と、それぞれが抱えている葛藤の描写に仕掛けた読者への罠は、これまでに多数の作例がある手法とはいえ、ミステリー的なサプライズが候補作のなかで一番鮮やかに決まっているのは間違いない。
ただ、そのワンアイデアに頼り切っているだけに、結末はあっけない。それが物足りないという意見もあった。ミステリー的な謎解きを楽しむ作品ではないとはいえ、もう少し夫婦の日常を書き込み、そこに伏線を張っていたら、読後感は変わっていたに違いない。
『二つの依頼』
開設したばかりで暇な探偵事務所に、依頼が相次ぎ、それがひとつに収束していく物語は、不自然という意見もあったけれど、起承転結の妙があって最後まで一気に読める。事務所で依頼者を待っている元警察官の所長と、経営者で営業活動やアシスタントをしている女性との掛け合いがユーモラスで楽しい。
いくつかの疑問点がなかったわけではない。しかし、浅見家のお手伝いさんの須美ちゃんを彷彿とさせるキャラクターと、ハートウォーミングな展開に好感をもつ意見が多かった。トータルとして高評価で、大賞受賞作となった。
『死者の花束』
妙高山を望む新潟の公園に停められていた自動車の中で発見された絞殺死体。捜査は難航したがやがて容疑者が浮かび上がる。そこに疑問を抱いた新米刑事の岬のキャラクターが魅力的である。またいろいろと助言を与えてくれる元監察医、今は花屋を営む豊島のミステリアスなキャラクターにも惹かれる。
ただ、場所の設定や時間的経過など、事件が起こるまでの状況にいろいろと矛盾が指摘された。ほかにも疑問点が挙げられて大賞には至らなかったものの、ストーリーの妙や人物設定が評価されて審査員特別賞となった。
『お出かけゲーム』
母と一緒に行った上野動物園で、ベンチに置き去りにされてしまった……。幼い日のそんな苦い記憶を呼び覚まされた四十代の女性が、真相を探っていく。認知症が始まったように見える母は過去のことは語らない。そこでかなり強引な方法をとるのだが、母子関係の心理描写が繊細なので切ない物語として胸に迫ってくるだろう。
結末が唐突であるという意見が多くミステリーとしての高い評価は得られなかったけれど、物語の展開に即して北区の各所が季節感豊かに描かれているので区長賞に選ばれた。
『雪、降りやまず』
時代ミステリーとして手堅い作品である。
雪の降りしきる日、隅田川の両岸でふたりの娘の亡骸が発見されるという発端にはそそられた。死者の似顔が探索の手掛かりになるのはユニークである。そこに広重が絡んでくるのも魅力のひとつだ
ただ、さらに類似の事件が起こることもあって、しだいに慌ただしい物語になっていく。説明が多く、手掛かりが次々と明らかにされるので、読者が戸惑いそうである。構成をもう少しシンプルにして、メリハリのある展開にしたほうが良かっただろう。
大賞 『西ケ原』 清水 サトル
区長賞(特別賞) 『不適切な指導』 伊東 雅之
審査員特別賞(特別賞) 『名もなきアンサンブル』 青木 杏樹
小説を読んだり書いたりすることは今、ストレスのない日々へと導いてくれるのかもしれない。本賞の受賞作が日常を豊かにする一助になれば、これほど嬉しいことはない。
『鯨と本と宝石と』
亡き祖父が残した貴重な宝を、孫の女子大生が探し求める。それは三陸海岸沿いの古い屋敷のどこかにあるのだが、東日本大震災の時のエピソードも織り込まれ、好感が持てるストーリーだ。孫娘をサポートする古本屋の若き店主も、とぼけたキャラクターがいい味を出している。ただ、宝の正体がときおりメディアでも紹介されるものだけに、そしてタイトルも含めて伏線がありすぎて、すぐ分かってしまうのが残念だった。
『斬られた黒子』
旗本の屋敷に奉公に出ていた娘が、火付けの罪で火焙りの刑に処せられてしまった。結婚を約束していた豆腐屋の若者が、その屋敷に下男としてもぐり込み、その真相を暴いていく。豆腐屋を中心とした江戸情緒と人情味がたっぷりで、かつ切ない展開である。タイトルが生きたラストもスリリングだ。しかし、ミステリーとしてとくに評価したいような魅力はない。また、文章がちょっと独特なのが気になった。
『西ケ原』
タイトルにあるように、浅見光彦が住む北区西ケ原がメインの舞台だ。そこに住んでいた兄が亡くなったと知らされた主人公が、遺品の整理のために訪れている。そして、兄と西ケ原の住人とのハートウォーミングな付き合いを知るなかで、だんだんある思いに駆られていく。大きな謎はないが、現代社会へのアンチテーゼとも言える兄の心情など、全体的なバランスのよさで大賞となった。ただ、行政的な手続きなどにいくつか疑問はあった。
『仙夜』
これはかなり異色作と言えるだろう。土地トラブルを抱えた男を警護するために仙台を訪れた主人公が、スリリングな体験をしている。それを救ってくれた凄みのある殺し屋が、印象的だ。意外性たっぷりな結末なのだが、そこへ導く叙述のテクニックに、もうひとつの洗練さがほしかった。このままでは不自然さが否めない。また、事件の背景となっている土地取引にリアリティがないという指摘もあった。
『不適切な指導』
恩師の不祥事を知った大学生が、教育実習生として母校に赴き、その真相を探っていく。生徒会など高校の日常が活写されているし、主人公と恩師との在学中の微妙な関係が胸に迫る。現代社会を反映したさまざまなテーマが織り込まれ、巧みな伏線もあって、不自然なところはあるにしても真相には納得できる。ただ、すっきりしない後味と、動機の根幹に関係する事象への疑問が指摘され、紙一重で区長賞となった。
『名もなきアンサンブル』
リーダビリティは一番だった。売れない役者が、声質が似ているということで、人気俳優の代役を務め、やがて入れ替わりを画策する。それは悪であっても、主人公の心理に共感を覚える人は多いのではないだろうか。殺人は別として、その業界に関わっている人にとってはリアリティがあるだろう。犯罪計画があまりにもずさんで、すぐに発覚することは明らかなのだが、独自の作品世界が評価されて審査員特別賞となった。
大賞 『暗い駒音』 西浦 理
区長賞(特別賞) 『ロミオのダイイングメッセージ』 出崎 哲弥
審査員特別賞(特別賞) 『ワグネリアンの女』 髙橋 良育
それぞれの候補作で、あるジャンルについて興味深く描かれているのが特徴的だった。もちろんそれは、ミステリーとしての趣向に絡んでいないと意味をもたないのだが、今回はそのミステリーの解釈がヴァラエティに富んでいて、ユニークな作品が揃っていたと言えるだろう。だから選考が難しいものになるかと思われたが、やはり文体やキャラクター描写、全体の構成といった、小説としての総合力に優る作品が高い評価を得た。
『黒沢ノート』
ハウスクリーニング会社で働く主婦が、殺人事件に巻き込まれてしまった。その動機を握っていると思われるノートを探し出そうとして……。彼女の仕事ぶりには引き込まれるが、そこに筆を費やしすぎたようだ。謎解きになると、あまりにも都合よく展開していくのであっけない。ただ、主人公とその娘とのほのぼのとしたやりとりが印象的で、ミステリーとしては物足りないものの、読後感は爽やかである。
『ワグネリアンの女』
元落語家で今はバーの店主が主人公だが、落語をあきらめてから現在までの物語が面白い。大阪を舞台にしているせいか、昭和の大衆小説のようなちょっと古めかしいところはあるものの、この作品ならではのリズム感がある。謎の女性に絡んでくる他のキャラクターも個性的だ。ただ、その女性にまつわるミステリーには、あまりそそられない。リーダビリティが評価されて、特別賞・審査員特別賞に選ばれた。
『ロミオのダイイングメッセージ』
あの『ロミオとジュリエット』の物語を背景にしたことによって、独特の謎めいた雰囲気が全編に漂っている。主人公が病院長だけに、内部の人間関係や経営問題には興味をそそられた。とはいうものの、その主人公のキャラクターのせいでちょっと後味が悪く、また犯人の設定は強引である。しかし、ダイイングメッセージや遠距離無理心中など、ミステリーの趣向が評価されて、特別賞・区長賞をなった。
『暗い駒音』
安定した文章で情感豊かに描かれた物語は、将棋やあおり運転といった今注目のテーマを織り込み、そして伏線をきかせて、謎解きへと収束していく。アリバイにまつわるミスディレクションはありがちな趣向とはいえ、主人公の揺れ動く心情を際立たせている。ミステリーとしての評価が分かれる結末も、そこまでの展開が巧みなので、余情豊かだ。いくぶん偶然性が気になるとはいえ、ひとつ抜きんでた評価を得て大賞に決定した。
『空の記憶』
いったい何が起こっている?そう思わせる導入部が巧みだ。一転して、過去の未解決事件へと導く展開にも引き込まれる。ミステリーとしてはそこに輪廻転生の謎が絡んでいくのだが、新鮮味があるとは言えない。あまりにもミステリアスにしてしまったために、不自然さも目立つ。そして何よりも、せっかくの巧みな伏線をうまくまとめているのに、それまでのトーンとは違う真相に違和感を持ってしまった。
(「2020.3.28 Webジェイ・ノベル」(実業之日本社)より抜粋)
大賞 :『金木犀の木の下で』 福田 純二
区長賞(特別賞): 『運がいいのか悪いのか』 加藤 眞男
奨励賞(特別賞): 『秘密を夜に閉じこめて』 横山 黎
まさにレガシーとして、本賞の意義はより特筆されるものになったと言えるのではないだろうか。それだけに選考はデリケートなものとなる。とくに今回の候補作は、それぞれ読み応えがあっただけに、時には厳しい評価も必要となった。
『魔術の罠』
ミステリーと奇術は、トリックをキーワードとした双子と言っていい。だから、明治末から昭和初期にかけて大活躍した女性奇術師・松旭斎天勝が登場するこの作品にはそそられた。天勝一座に迫る危機を知った、弟子である天雛の不安な心情にも引き込まれる。しかし、それほど切羽詰まってもいないのに、こんな大がかりなことをするだろうかという疑問がある。せっかくのテーマなので、奇術のトリックそのものとリンクした作品を期待したい。
『風呂屋の名探偵~コウモリ男殺人事件~』
昭和三十七年の十条銀座商店街がメインの舞台で、ノスタルジックな雰囲気がじつに心地よい。殺人事件の謎解きの場となる銭湯に集う人々や、探偵役であるアラカン似の老人など、キャラクターが生き生きとしている。ただそれだけに、犯人の異質な行動が目立ってしまった。その犯行は荒っぽいもので、警察の捜査によってすぐ解明されてしまうのではないだろうか。さらに、民間人が関わりすぎではないかなど、無理な設定がいくつか指摘された。
『金木犀の木の下で』
まずは端正で情感溢れる文章が高い評価を得た。不思議な雰囲気の作中作で始まるのもユニークである。金木犀の押し花を作ったという幼い頃の思い出が、どんなミステリーになるのか。読者の興味をそそったところで、新聞記者と女子大学生の爽やかなコンビによる、過去への探偵行に移行するのもスムーズだ。タイムカプセルの手掛かりは常套的な手法で、説明不足のところがややあるけれど、文章力と構成の妙に抜きんでたものがあり、大賞となった。
『秘密を夜に閉じこめて』
中学三年生の男女が、いわゆる「学校の怪談」の謎を解いていく。腐れ縁だというふたりのやりとりは、いかにも現代的で、嫌みもなくて微笑ましい。ただ、学園ミステリーは今たくさん書かれているので、夜の学校に忍び込んで謎に迫るという展開や、怪談の背景に斬新なものがなかった。また、プロットに齟齬もみられた。しかし、等身大の物語は好ましく、高校生である作者の将来性を評価する声が多かったので、特別賞・奨励賞となった。
『運がいいのか悪いのか』
北区に住む四人家族の伊豆への旅に隠された秘密と、一年前に霜降銀座商店街の福引きで当たった宝くじの行方……ふたつの物語がクロスしていくプロットに工夫があった。シリアスな展開ながらもユーモアの味付けが利いている。ただ、その収束点はちょっと強引と言えるだろう。納得できないところがいくつかあったわけだが、家族それぞれが別々のルートで通勤・通学していたりと、北区が随所で活写されているので特別賞・区長賞となった。
(「2019.3.23 Webジェイ・ノベル」(実業之日本社)より抜粋)
大賞 :『妖剣』 甲斐 太朗
区長賞(特別賞): 『失踪マンション』 山口 均
奨励賞(特別賞): 『梅雨時』 廣岡 史丸
本賞もずいぶん回数を重ねた。それだけに、今回の選考では、過去の水準をクリアした作品を受賞作に、という意識があった。また、既受賞作家の作品集も出されたりしているので、受賞後の作家活動も期待したい。もちろん、選考の第一基準はあくまでも、ミステリーとしての完成度である。
『梅雨時』
梅雨時になると毎年気分がめいってしまうという女性が、幼い娘とともに、中学三年間を過ごした街を再訪し、その理由を探っていく。封印されていた過去がしだいに明らかになっていく展開、じつは犯罪に関係したという真相、そしてタイムカプセルという趣向に、新味はない。過去の事件の警察捜査がずさんとの指摘もあった。小説として未熟なところも目立つが、前向きに生きていく主人公の姿が評価され、特別賞・奨励賞となった。
『妖剣』
安定した文章力で一気に読ませる。タイトルからすると時代物を期待してしまうが、スポーツライターが高校野球を取材しているところから始まる。そこでまず、読者の好奇心をそそるに違いない。そして、しだいに古流剣術と絡んでいく構成もうまくまとめている。期待の剣術シーンは迫力がある。舞台となっている北関東の街の描写も手堅い。偶然性が気になる事件ではあるけれど、謎解きは自然で、読後感も爽やかである。文句なしの大賞受賞作だ。
『みんなの自治会』
今や住んでいるのは老人ばかり、限界集落ならぬ限界団地となってしまった団地の一室で、また独り暮らしの老人の死体が発見される……。自治会の役員たちの対処が変わっていて、ブラックユーモア的な雰囲気が独特である。そんなにうまくいくだろうかと思わせての最後のどんでん返し、という展開も巧みだ。しかし、視点が定まっていないのでかなり唐突に感じる。本賞でもすでに実績があるだけに物語には引き込まれていくが、推敲不足が気になった。
『失踪マンション』
北区田端のマンションの管理人で、漫画家志望という主人公の青年の、ユーモラスなキャラクターにまずそそられる。家政婦に求婚する老富豪、クラブのママ、アジア系女性と同居している男、きれい好きな長身の女性といったマンション住人の、表と裏の顔が明らかになっていく展開も面白い。ただ、物語の根幹的なところに無理な設定があったのは否めない。人間の優しさが伝わり、北区という舞台が生きているので特別賞・区長賞となった。
『麺の奥伝』
北区の老舗の中華料理店を回って、麺類のメニューを調べているのは、信用金庫の重役である。退職後にラーメン屋を開きたいという……。その理由が微笑ましいものだけに、前半での重役が暴行を受けるシーンには違和感を感じる。また、重役の行動は謎というほどのものではなく、容易に真相が推理でき、ミステリーとしての構造は弱い。住民の助け合いの心が地域の雰囲気に溶け込んでの、爽やかな読後感は評価できるのだが。
(「2018.3.17 Webジェイ・ノベル」(実業之日本社)より抜粋)
大賞:『蜃気楼の如く』 的場 郁賢
区長賞(特別賞):『赤羽猫の怪』 床品 美帆
審査員特別賞(特別賞):『遠い約束』 野上 健司
今回の最終候補作はいずれも、小説としてまず読み応えがあった。さらに、読後感の爽やかなものが多かったのも、選考を楽しいものにした。また、直接的に影響するものではないにしても、舞台としての北区にちゃんと必然性のある作品がいくつかあったのは、注目に値するだろう。そしてミステリーとしての完成度は……結果として、なかなか難しい選考会となった。
『奈落の報復(ツケ)』
特別な記憶能力をもつ主人公が、通っていた心療内科の医師と深い関係になっている。その医師が冬山で死んでから、衝撃の事実が明らかになっていくのだが、現代のミステリーらしい歪んだ心理がテーマである。だから主人公のキャラクターの描写にかなり筆を割いているけれど、それでも不自然さが残った。短編では描ききれない素材だったのではないか。ミステリーとしては、伏線が十分ではなく、アンフェアな描写が気になった。
『蜃気楼の如く』
一度きりしか使えない設定だが、まさに目から鱗の作品である。食品輸入会社がゆすられているが、犯人はなんと、現金の入ったバッグを、”丑田蓮夫賞”の授賞式が行われる、北とぴあのさくらホールの座席に置けと指示するのだ。授賞式の様子も現実がベースとなっているが、ちゃんと謎解きに関係してくる。偶然に頼ったところはあるものの、着想はやはり抜きん出ているだろう。ハートウォーミングな結末も相俟って、大賞に相応しいとの評価を得た。
『遠い約束』
大学時代の不可解な友人の自殺。二十年後にタイムカプセルを掘り出したことを切っ掛けに、その真相が解き明かされていく。タイムカプセルは目新しくないが、二転三転の謎解きは一番楽しめた。かつての友が集まってのノスタルジックな雰囲気も特徴となっている。一方、二十年後に開封されることの必然性や、都合の良すぎる設定が指摘された。したがって大賞には一歩届かなかったものの、特別賞・審査員特別賞として評価されるべき作品である。
『赤羽猫の怪』
赤羽の野良猫が「あかばねこ」と呼ばれて巷で話題になっている。その猫を大学生と女子高校生が追跡していくと、ことの発端はどうやら二十年前の写真展での事件……。アットホームな雰囲気には好感が持てるが、関係者があまりにも親切すぎて、いつの間にか解決されてしまうのは謎解きとして弱い。けれど、猫ブームを反映したタイムリーな作品であり、赤羽を中心として北区の雰囲気がよくとらえられているので、特別賞・区長賞となった。
『報復の行方』
主人公は高校の教頭で、睡眠薬を飲んで救急車騒ぎとなった我が子との葛藤や、高校時代からの友人との軋轢が、抒情豊かな文章で綴られていく。作者の日頃の思いが込められているようでメッセージは伝わってくる。だが、やや盛り込みすぎであり、人間関係に説得力を欠く。ミステリーとしては謎の提示が遅く、しかもすぐ解かれてしまうので物足りない。真相も新鮮味がなく、疑問も幾つか指摘された。希望を託したラストは印象的なのだが。
(「月刊ジェイ・ノベル 2017年4月号」(実業之日本社)より抜粋)
大賞:『小さな木の実』 島村 潤一郎
区長賞(特別賞):『未完の自分史―遺棄した死体はそのままで』 宮城 德子
審査員特別賞(特別賞):『情報協力』 嶋守 恵之
今回の最終候補は五作だが、そのうち四作の作者は、これまでに本賞で、受賞歴や応募歴がある方だった。短編ミステリーの発表の場として、期待されていることの証左だろう。そして、五作それぞれ、作者の創作の方向性が感じられる個性豊かな物語で、選考には大変苦労した。だが一方で、見過ごしがたい矛盾点があったり、作者の思いが過剰になっていたりもしていた。より読者を意識した小説作法を期待したいところである。
『情報協力』
イスラム過激派組織の策略に、旧知の警察官僚の手を借りて立ち向かう外務省職員……本賞ではかつてないタイプの作品で、海外にまで舞台が広がるダイナミックな物語は新鮮だった。だが、これはやはり長編のテーマだろう。短編に収めるための都合のいい展開が気になった。民間人を囮に使うのもちょっと無謀である。とはいえ、そのチャレンジ精神は評価すべきという意見が多く、特別賞・審査員特別賞となった。
『猿小僧の顔』
傷つけられた浮世絵の版木の謎を、現代から筆を起こし、虚実ない交ぜのストーリーとしてうまくまとめている。けれどミステリーとしては、その傷を謎の盗賊・猿小僧の正体に結びつける根拠が薄い。また、浮世絵の知識も十全に読者に伝わっているとは言いがたい。プロローグとなる現代の場面は、長すぎるという意見が多かった。エピローグを設けてうまく収束できたなら、もっと評価されたのではないだろうか。
『小さな木の実』
ミステリーとしての趣向は暗号で、子供たちと一緒に取り組む父親の遺産探しは、失職中で離婚の危機も迫っている主人公の屈折した心理と絡んで、最後まで興味をそそる。どんでん返しも仕込んだハートウォーミングな真相は、読後感がじつに爽やかである。文章の安定感は一番で、各選考委員の最も高い評価を得て、大賞の受賞はすんなり決まった。ただ、ラストを感動的にする趣向に若干の疑問点のあったことは記しておく。
『未完の自分史-遺棄した死体はそのままで』
物語の迫力という意味では、一番の力作である。上中里在住の伯母が突然死んでしまう。その遺品を整理すると、驚くべき手記が残されていた……。図らずも手を染めてしまった犯罪や主人公の出生の秘密など、ミステリアスではあるが、偶然が多く、ミステリーとしての趣向はあまりない。それでも、アイデンティティを求める主人公の葛藤が、しっとりとした独自の情感を醸し出していて、特別賞・区長賞となった。
『手妻師善七からくり噺・天保小袖判じ模様』
小気味いい夫婦の会話など、江戸の庶民の生活感がよく出ている。ただ、意外な犯人を演出するためとはいえ、目撃証言を鵜吞みにしてしまうなど、初動捜査がずさんである。人物錯誤のトリックも分かりにくかった。拷問的な取調べで自白をしたあと、母親の訴えで再捜査されるのは、ドラマチックではあってもいささか理不尽である。手妻遣いの下っ引きという主人公のキャラクターも、十分には生かされていなかった。
(「月刊ジェイ・ノベル 2016年4月号」(実業之日本社)より抜粋)
大賞:『二番札』 南大沢 健
区長賞(特別賞):『きつねのよめいり』 稲羽 白菟
過去十二回、これほど読み手を惑わし、悩ませた最終選考は記憶にない。一作品の評価が、すべての賞のありようを定めることになる。慎重に二度、三度と作品を読み返し、最初に感じた印象が正しいのかどうかの検討に時間を割いた。圧倒的な秀作がなかった分、どの作品にも可能性を感じた。
『きつねのよめいり』
地元北区の風物をたっぷり盛り込んだ作品だけに、好感を抱きたいところだが、むしろ作者はそこにこだわりすぎたきらいがある。旧古河庭園での結婚式をPRするのはいいけれど、肝心のストーリーの方は大雑把で緻密さに欠ける。ヒロイン高橋の活躍は魅力的だが、推理がひどく天才的なひらめきを見せたりするのには、首をかしげざるを得ない。とはいえ、北区を題材にした部分は他を圧しているので、区長賞に値する。
『二番札』
この作品で興味を惹かれたのは、入札というシステムがどのように行われるのか――という部分。企画部長、財務部長、総務部長等々、入札業務に関わる人々の動きが面白く読めた。しかし行政が主催している文学賞に、公務員が罪を犯す作品で挑むとは、なかなかの度胸であり、案の定、区の職員からは、あまり現実的な話ではないとの指摘もあった。それでも、最終候補五作品の中で、完成度からいって最も安定しており、区長を始め選考委員諸氏もあくまでフィクションとして読めば、うまくまとまっており面白く読めた――と度量の大きさを見せ、大賞授賞となった。
(「月刊ジェイ・ノベル 2015年4月号」(実業之日本社)より抜粋)
大賞:『友情が見つからない』 立木 十八
区長賞(特別賞):『ロスト・チルドレン』 加賀美 桃志郎
審査員特別賞(特別賞):『サークル』 門倉 暁
第十二回を数えて、バラエティに富んだ作品に恵まれたという点では今回が最高といっていい。ただし特色がそのまま飛び抜けた秀作に繋がるとは限らないのが難しいところ。文章力は当然として、ストーリーの展開の方法など、いま一歩という観のある作品が少なくなかった。ともあれ、思いがけないテーマが出現すると、読む側としては楽しい。まずは何を書くかが最大の決め手になると、あらためて認識した。
『サークル』
この作者は第九回に『話、聞きます』という作品で特別賞を受賞している。「傾聴ボランティア」が得意分野なのか、今回もその世界をモチーフにして書いた。それだけに手慣れた感があり、安心して読めた。文章のリズム感やテンポがいい。失業した夫が主人公で、その事実を知らない妻は傾聴ボランティアをしながら合唱サークルに入っている。そのサークルでは、早死にする亭主が続出していた。保険金目当ての偽装殺人を企んでいるのでは、と夫は妻に疑惑を抱き、不安に怯える。新味はないが、まずまず纏まってはいる。
『ロスト・チルドレン』
バツイチ、子持ちの四十代のOL・坂下順子は酒類輸入商社の中堅社員。輸入した商品を託してある倉庫会社から、コンテナにマイマイ蛾の幼虫が大量発生したというクレームが飛び込む。事と次第では巨額の賠償問題に発展しかねない。順子は社長命令で事態収拾に向かい、孤軍奮闘、真相を解明する。話のスケールとしては物足りないし、ミステリー度にも欠けるが、順子や社長、それ以外の登場人物が面白い。
『友情が見つからない』
小学五年生の「山田孝紀」が主人公。人気ゲームカセットを持っていた孝紀は、友人から貸して欲しいとせがまれていたが、そのカセットが教室の孝紀の机から突然なくなる。犯人探しが始まり、疑いが同級生のユウスケにかかる。そこへマコトという謎の少年が現れ、ユウスケのために真相を究明すると言う。マコトの推理の前に「山田孝紀」は追い詰められる。子供らしい他愛のない話なのだが、喋る言葉は大人並。この辺りの違和感に目をつぶれば、爽やかなミステリーと評価できる。
(「月刊ジェイ・ノベル 2014年4月号」(実業之日本社)より抜粋)
大賞:『最後のヘルパー』 高橋 正樹
区長賞(特別賞):『ブラインド i ・諦めない気持ち』 米田 京
審査員特別賞(特別賞):『チェイン』 伊東 雅之
第十一回を迎えた本賞は新しい出発点を思わせる多くの佳作に恵まれた。最終選考にノミネートされた六作品は、過去十回のいずれよりも粒揃いと言ってよく、選考委員を楽しませてくれた。
『チェイン』
大学進学の推薦制をめぐる教師同士の軋轢を描く。学校からの推薦枠は一人。教師の「僕」は評定表を盗み見て、担任するクラスの少女の有利を確信するのだが、評定表は改ざんされてしまう。その背景には過去にあった複数の悲劇の連環がある。この連環が『チェイン』。短編としては難しい内容だが、丁寧に書けている。やや作為が目につくものの、好感の持てる作品だ。
『ブラインドi・諦めない気持ち』
主人公・川田勇は交通事故が原因で視覚障害になり、アパートで独り暮らしをする男性。この人物の造形が非常によかった。作者自身が視覚障害を持つ人だが、それにしても川田の心象風景がよく描けている。視覚を欠くハンディキャップを聴覚と嗅覚で補って、鮮やかな推理を駆使する。周辺の登場人物の描写も過不足なく、つらい話だが楽しく読めた。
『最後のヘルパー』
刑務所を出た川勝は内縁の妻と娘に去られ、所持金も底をつき、絶望的な状況で盗みを働こうとする。とあるアパートに侵入し、そこで寝たきりの老女と出会い、介護ヘルパーと間違われたのを幸い、ヘルパーを偽装する。老女や大家その他、川勝を含めた善意の人々のてんやわんやの物語といった趣で、ミステリー性は希薄だが、文章力、とりわけ人物描写がよく、ほのぼのとした読後感に感服して大賞に推した。
大賞:『凶音窟』 山下 歩
審査員特別賞(特別賞):『とうとうたらり たらりら たらり』 滝川 野枝
区長賞:『花見の仇討』 宮田 隆)
第10回という節目の年を迎え、応募総数は過去最高を更新して293編に上りました。 全体的に見て、ずば抜けた優秀作に乏しかった憾みはありますが、その中で、最終選考に残った五作品はそれぞれ水準以上の評価を得ました。
『花見の仇討』は明治維新直後の王子が舞台で、飛鳥山の花見、王子製紙の建設、渋沢栄一の登場など、北区主催の賞にふさわしい道具立てが揃いました。じつによく当時の事情を調べているのですが、いささか文章が粗いのが難点。ともあれ、区長賞には相応しい。
『とうとうたらり たらりら たらり』は今回随一の力作と言えます。能役者が江戸で罪を犯し島流しになる――という筋立てが出色。テンポもあって、個々の場面々々は面白いのですが、人物の造形が粗雑。難しい作品ですが、審査員特別賞に決まりました。
『凶音窟』は気負いのない好感の持てる文章で、すべての作品の中で最も読み易かったです。亭主の浮気、離婚騒動など、どこにでもある話を丁寧に描いている。ただし、ホームドラマならともかく、ミステリーとしての評価となると問題で、かなり手を入れる必要がありそうですが、審査員全員の意見が一致して大賞授賞が決まりました。
大賞:『神隠し 異聞「王子路考」』 安堂 虎夫
浅見光彦賞(特別賞):『話、聞きます』 門倉 暁
特別賞:『誕生』 島村 潤一郎(応募時 津島怜)
第9回に寄せられた応募作は過去最高だった昨年をさらに上回る、283点。第一次、第二次審査での採点のばらつきにその拮抗ぶりを見ることができます。 最終選考にノミネートされた五作品はその中でも群を抜いており、まずは妥当な結果だと言えるでしょう。
特別賞の『誕生』は、傑出して爽やかな物語です。しかし、いかにも善人ばかりがタイミングよく出てくるのがご都合主義的で、ミステリーとしては甘さが指摘されるでしょう。
浅見光彦賞の『話、聞きます』は、途中までは快調に読ませたのですが、ラストのドタバタで興を削がれました。話全体を認知症の人の「話」としてオチにすれば、成功するかもしれません。
大賞の『神隠し 異聞「王子路考」』はよく練り上げられていました。文章も物語の展開もまずまず。現在の北区周辺が江戸期はどうだったかを丹念に取材して、みごとに再現しています。 読売(瓦版)作者を主人公にした人物配置も申し分ありません。大賞に価する佳作だと思います。
大賞:『完璧なママ』 松田 幸緒
区長賞(特別賞):『神隠しの町』 井上 博
審査員特別賞(特別賞):『御用雪氷異聞』 吹雪 ゆう
第8回を迎えて応募総数は過去最高の268作品を数えました。しかし、作品のレベルはというと必ずしも満足できるものばかりではありませんでした。最終選考に残った5作品についても、傑出したものはなく、その意味で選考は難しいものとなりました。
審査員特別賞の『御用雪氷異聞』は、加賀から江戸の将軍へ雪氷を届けるという、史実に則った作品で、まず題材が面白い。加賀からでは途中で氷が溶けてしまうので、加賀前田家の支藩がある上州から届けるカラクリにからむ話。
区長賞の『神隠しの町』は、221世帯、約500人の住人が一夜にして消えてしまう―というミステリーで、よくある話ですが興味をそそられます。いったいどうやって?なぜ― 簡単に言うと、目的は人探しで町の住人を丸ごと消してしまったという話。
大賞の『完璧なママ』は、好感が持てる作品ということで、審査員の多くに異論がありませんでした。完全犯罪を目指した作品としては、少なからず問題点もありましたが、文体は明るく、語り口も爽やか。本来ならつらい話になるところですが読後感は悪くありませんでした。
大賞:『幻の愛妻』 岩間 光介
区長賞(特別賞):『休眠打破』 和喰 博司
今回の応募総数は262作に上り、本賞の位置が定まってきた感があります。作品のレベルも全体に高まって、最終選考に残った作品は優劣つけ難く、選考会は大いに盛り上がりました。
区長賞の『休眠打破』は、気象がらみのテーマで登場した実力者。「気象ミステリー」といったジャンルで書けば、成功するかもしれません。桜の開花日がテーマで、明日は開花か―と期待した桜の枝が折り取られてしまって、日本一の座を他県に奪われるという話。
大賞の『幻の愛妻』は、男の友情を描いた、おとなの童話風ミステリーです。古いバーの雰囲気や人情味あるほろ苦い過ちなどを、さり気ない筆致で書き、好感が持てます。これは何だろう?と思わせる謎が連続して、最後まで楽しむことができました。
大賞:『金鶏郷に死出虫は嗤う』 やまき 美里
区長賞(特別賞):『若木春照の悩み~ゲーテの小径殺人事件~』 小堺 美夏子
浅見光彦賞(特別賞):『雨降る季節に』 岩間 光介
第6回の今回も、189編というかなりの数の応募があって、しかも、北区内や東京だけではなく、海外も含めた遠方からの応募も多く、いよいよこの賞も日本中に知れ渡って来たなという思いを強くしました。特に最終選考に残った7編は、すべて北区外からの応募者の作品となりました。
大賞の『金鶏郷に死出虫は嗤う』は、環境問題や犬の繁殖・飼育業といった今日的な話題をうまく取り入れた作品で、アピール度のある面白いものです。
浅見光彦賞の『雨降る季節に』、区長賞の『若木春照の悩み』を含めた受賞3作品は、どれも今すぐに雑誌に掲載されてもおかしくないくらいで、良い作品が出揃いました。
大賞:『天狗のいたずら』 田端 六六
区長賞(特別賞):『あるアーティストの死』 櫻田 しのぶ
浅見光彦賞(特別賞):『市役所のテーミス』 古澤 健太郎
ミステリー文学賞も第5回を迎え、これまでにも増して粒ぞろいのレベルの高い作品が集まり、特に最終選考に残った作品は甲乙つけがたい作品ばかりでした。
人物描写もしっかりされており、重厚な内容をテンポ良く読ませるとても良い作品でした。どなたも作品を読まれれば順当と思っていただけるのではないかと思います。
大賞:『師団坂・六〇』 井水 伶
区長賞(特別賞):『志乃の桜』 高田 郁
浅見光彦賞(特別賞):『オルゴールメリーの残像』 井上 凛
今回最終選考に残った6作品はいずれもレベルが高く、それぞれ面白く読ませてもらいました。北区を舞台にした作品が多かったのですが、必ずしも北区という冠にこだわる必要はないとはいえ、地元のローカル色を出してもらうのは、主催者側としてはありがたいことです。
大賞の『師団坂・六〇』は、毒殺された老人の傍らに、草餅が落ちていたところから物語が始まります。草餅を買った老婦人の行方を和菓子屋の息子が追いかけ、謎を解く、よみごたえ十分の秀作です。区長賞の『志乃の桜』は、文章力も構成力もある完成度の高い作品です。浅見光彦賞の『オルゴールメリーの残像』は、ミステリー度という点では最も充実しています。3作品ともそれぞれ傾向が異なりますが、実力的には拮抗していて、一般読者の鑑賞にたえる作品だと思います。
大賞:『ドリーム・アレイの錬金術師』 山下 欣宏
区長賞:『祐花とじゃじゃまるの夏』 蒲原 文郎
審査員特別賞:『十六夜華泥棒(いざよいはなどろぼう)』 山内 美樹子
この文学賞への応募数は、1回目が187、2回目が150、そして今回210作品と大幅に増えてたいへん喜ばしく思っています。第1次選考で20作品が残り、第2次選考で9作品になりました。作品も年ごとにレベルアップし、最終選考対象9作品中、どれを落とすかでとても苦労しました。
大賞の『ドリーム・アレイの錬金術師』は、ミステリーには珍しく登場人物すべてが善人という、ほのぼのとした気分の良い物語です。区長賞の『祐花とじゃじゃまるの夏』は、ラストはほろりと悲しいお話に仕立てられています。この2作品とも読後感が非常に良かったです。審査員特別賞の『十六夜華泥棒』は、江戸情緒がよく描かれた作品です。実在と虚構を織り交ぜた作品で面白かったです。
大賞:『夢見の噺』 清水 雅世
区長賞:『江戸切絵図の記憶』 跡部 蛮
区民賞:『朝の幽霊』 永沢 透
各地で文学賞があるなかで、今回、150もの応募がありびっくりしています。第一次審査で18点が残り、第二次審査で9点になりました。今回は前回にも増して非常な接戦で、どの作品も捨てがたいものがありました。
大賞の『夢見の噺』は、落語の世界を舞台にした怖くない幽霊話。現代物ですが江戸情緒を思わせる心温まる作品で、語り口よくまとめています。区長賞の『江戸切絵図の記憶』は、北区が出てくるので、地元の人が喜びそうな作品。主人公が熱意をもって男の身元探しにあたるのがとてもおもしろかったです。区民賞の『朝の幽霊』は、舞台がほとんどオフィスの中だけという珍しい作品。さわやかな読後感に仕立ててあります。
大賞:『黒い服の未亡人』 汐見 薫
区長賞:『冬霞(ふゆがすみ)』 福岡 青河
佳作:『星降夜(ほしふるよる)』 田中 昭雄
予測していたよりはるかに多い応募数に驚いています。最終選考では、どれも甲乙つけがたく、とても迷いましたが、3作品に決定しました。
大賞は、暗い結末になったかもしれない作品でしたが、たいへんうまくまとめていて好感を持ちました。北区にふさわしく、読後感がさわやかで、質の高い作品ではないでしょうか。
区長賞の作品は、幕末の王子・飛鳥山など、よく調べて書いてあります。
佳作の作品は、しっかりした魅力的な作品で、ミステリーとして楽しく読めました。
作品を応募した方でも、北区がどこにあるのかわからなかったと言う方もいたようです。この賞をとおして、北区の存在が全国に知れ渡り、目的が達成されたのではないでしょうか。
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