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掲載開始日:2020年5月25日

最終更新日:2022年6月1日

渋沢栄一翁コース_2022年度【あるきたコースチャレンジ】

北区ウォーキングアプリ「あるきた」のイベント【あるきたコースチャレンジ】のコースの紹介です。
その他のコースはこちら(あるきたコースチャレンジのページへ)

距離3.5km
所要時間53分

約500の企業設立に関与し、約600の教育・社会事業の支援をした近代日本資本主義の父・渋沢栄一翁が、1931年に91歳で亡くなるまで人生の拠点とした地が、東京北区・王子飛鳥山でした。王子飛鳥山周辺の渋沢翁ゆかりの地を巡る、見どころたっぷりのコースです。

コース詳細

1.JR王子駅(中央口)

JR王子駅は、1883年に日本鉄道の第一区線として上野~熊谷で仮開業した際から、停車駅の中に含まれていました。この日本鉄道には、渋沢栄一翁も株主として出資、理事委員として経営に携わっていました。
【豆知識】1883年に日本鉄道の第一区線として上野~熊谷で仮開業した際の停車駅は、「上野、王子、浦和、上尾、鴻巣、熊谷」です。1884年の時刻表によると上野~王子間は、15分だったようです。
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2.洋紙発祥の地碑

日本の洋紙産業は、 明治6年、ヨーロッパの先進文明を視察して帰国した渋沢翁が抄紙会社を設立し、王子に製紙工場を作ったことから始まりました。煙を吐くレンガづくりの工場は当時の錦絵にも描かれ、東京の新名所になりました。この碑は、 工場創立80周年を記念し、昭和28年に跡地に建設され、台座には羊皮紙にちなんで羊のデザインが使われ、碑文は巻取紙を表しています。

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3.お札と切手の博物館

大蔵省紙幣寮抄紙局(現在の国立印刷局王子工場)は、渋沢翁が設立した抄紙会社(後の王子製紙)の隣接地で明治9年に操業を開始しました。現在は切手などの製造を行っています。工場見学はできませんが、正門横にあるお札と切手の博物館では、お札や切手の歴史や製造技術を紹介しています。

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4.音無親水公園(熊谷源左衛門君碑)

この付近の石神井川は、かつて「音無川」と呼ばれる景勝地でした。この公園は、桜の名所として知られており、日本の都市公園100選にも選定されています。
明治初年、王子村の組頭役であった熊谷源左衛門は用水や用地の調停に奔走し、渋沢翁が設立した抄紙会社をこの地に誘致しました。彼の業績を記した碑は、音無親水公園内に残されています。

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5.音無橋

音無橋は、深い石神井川の渓谷によってへだてられていた王子町と滝野川町をつなぐことを目的に架けられたアーチ形鉄筋コンクリート橋です。この橋により交通の便が格段に改善しましたが、架橋に際しては、渋沢翁が建設資金を支援しました。音無親水公園の遊歩道からは、アーチ型の橋脚を見ることができます。コースは音無橋の下をくぐり、エレベーターまたは階段を利用して橋上に上ります。

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6.旧醸造試験所第一工場

旧醸造試験所第一工場は、通称「赤煉瓦酒造工場」と呼ばれ、国の重要文化財です。明治37年に創立した大蔵省醸造試験所の清酒醸造研究の試験工場として建設され、日本酒の品質向上に寄与しました。シンボルとなる「赤煉瓦」は、渋沢翁らが設立した日本煉瓦製造株式会社の煉瓦が主に使用されています。
【豆知識】試験所は平成7年に広島に移転し、現在は各種講習などに使用されています。

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7.渋沢栄一ラッピングポスト

渋沢栄一ラッピングポストは、2021年3月25日に飛鳥山前郵便局に設置されました。デザインには、親しみやすく描かれた渋沢栄一翁とともに、銀行、鉄道、ビール、ガス、物流など渋沢が手掛けた事業が散りばめられています。

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8.飛鳥山公園(飛鳥山3つの博物館)

渋沢翁が本邸を構えた飛鳥山の地には、公園内に渋沢史料館、北区飛鳥山博物館、紙の博物館の3つの博物館があります。2020年11月にリニューアルした渋沢史料館では、「ふれる」「たどる」「知る」の3つのテーマを軸に渋沢翁の資料を展示しています(要事前予約。詳細は渋沢史料館HPをご覧ください)。北区飛鳥山博物館内には、「渋沢×北区 青天を衝け 大河ドラマ館」が2021年2月20日から12月26日まで期間限定で開設していました。紙の博物館は「洋紙発祥の地」として知られる王子に設立され、日本の伝統的な「和紙」、近代日本の発展を支えた「洋紙」の両面から、紙の歴史・文化・産業などを紹介しています。

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9.旧渋沢庭園(晩香廬・青淵文庫)

渋沢翁は、創業に尽力した王子製紙工場を見晴らす飛鳥山の一角に、約4,000坪の土地を購入し37歳の時に別荘を構えました。そして61歳で本邸とし、生涯をこの地で過ごしました。旧渋沢家飛鳥山邸は戦災で焼失しましたが、大正時代に建てられ国内外の賓客を迎えた晩香廬と青淵文庫は当時のまま残っており、国の重要文化財に指定されています。庭園には晩香廬を見渡すように渋沢翁の全身像がたたずんでいます。旧渋沢庭園開園時間は、9時から16時30分まで(3月1日から11月30日)、または9時から16時まで(12月1日から2月末日)。晩香廬・青淵文庫の開館時間は10時以降。入館は要事前予約。渋沢史料館の入館券が必要。詳細は渋沢史料館HPをご覧ください。

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10.西ケ原一里塚

西ケ原一里塚は、日光御成道の日本橋から二里目にあたる目印として江戸幕府が1604年に設けた塚で、大正11年に国指定史跡に指定されました。しかし、西ケ原一里塚は、大正5年東京市が電車軌道の敷設と市区改正計画による道路拡幅工事にともなう一里塚の撤去を計画され存立の危機にさらされますが、渋沢翁は滝野川町民と共に塚の保存を推進しました。このおかげもあり、当時の位置を保っている一里塚は、都内には2か所しか残っていない貴重な史跡となっています。

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11.七社神社

七柱の神々が祀られており、江戸時代までは無量寺の境内(現・旧古河庭園内)にありましたが、明治2年に現在の地に移りました。旧西ヶ原村の鎮守で、渋沢翁は飛鳥山の一画に別荘を構えた頃から氏子となり、拝殿や社務所兼会堂の建築に寄与しました。現在も渋沢翁揮毫の社額・掛け軸等が収められています。

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12.旧古河庭園

第一銀行時代の渋沢翁が相互に支え合った古河市兵衛。その息子の古河虎之助の邸宅庭園で、国の名勝に指定されています。武蔵野台地の地形を生かし、台地上に洋館と洋風庭園、低地に日本庭園が展開する、和と洋が調和する大正期の名園です。春と秋に咲くバラと11月から12月にかけて色づく紅葉も見どころです。

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13.JR上中里駅

島式ホームの1面2線がある地上駅で、橋上駅舎になっています。

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所属課室:健康部健康推進課健康づくり推進係

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